「教訓から学ぶことは大変重要で、同じ過ちが繰り返される現実は間違っている」
と声高に主張する者たちがいる。
一見正しいことを言っているようだが、実はそうでもない。
そういう主張が正当化されればされるほど、
「失敗」という経験を積みながら成長するということが困難になり、
弊害が生じると言わざるを得ない。
もし、教訓が正しく学ばれていくなら、
やがてすべての社会問題は解決していくことになってしまうが、
そうなのだろうか?
社会とは、絶え間ない努力を重ねればいつか頂上にたどりつく山登りのようなものなのか?
それとも支え続けていなければたちまち転がり落ちてしまう大きな岩のようなものなのか?
それはまだよくわからない。
ただ、これだけは言える。
毎日学習を続ける子どもたちの懸命な努力は、
決して果てしない徒労などではない。
大いに何度も失敗しながら練習を繰り返し、成長することを願う。
あなたたちの行為は、賽の河原でもシーシュポスの岩でもない。
2011-08-18 谷澤